『本谷みょうが』のお話

本谷の地

長野県の南、岐阜県と接して中央道が恵那山(2,191m)を抜けるトンネルを出たところに、阿智村があります。

その阿智村の標高800〜950mのところに広がる、小学校も中学校もない集落が智里西です。歴史的には古く、平安時代には伝教大師こと最澄が西から峠を越えてきて建てたお堂の跡があり、源氏物語をはじめとした古い書物にも「園原」が登場します。

そんな園原の里で、愛されて作られ続けているのが、『本谷みょうが』です。この本谷(川)とは、恵那山から流れ出る川の名前で、古くは月が綺麗に見え、お月見をする里としても愛されていたとのことで、別名「月川」とも呼ばれています。

 

絶品みょうがを育む風土

そんな本谷の地で育つみょうがは、色も形も、そして味も最高です。

 

「みょうがって、くさみが・・・」

という方も少なくないと思いますが、みょうがに限らず、寒暖の差が激しい標高の高いところになってくると、植物は嫌な臭みや渋みが抜け、かわりに人間が食べて美味しいと思うような糖分や旨味が増えるようです(科学的な事は分かりませんが、ここで生活して色んな野菜を食べていると、そんな気がしてきます)。

 

また、山に囲まれたこの里には、古くからの「かや場」や「草かり場」が残っていて、みょうがの畑は、昔から、そんな茅(ススキ)や草・ワラなどを丁寧に敷いて、土作りを行っています。これも、科学的に詳しいことまでは分からないのですが、化学肥料などを入れて育てるよりも、昔からの方法で、炭素分が多い草をたくさん入れて、あとは太陽や空気、水に頼るのが、ずっといいみょうがが出てきてくれるようです。

たった2週間の命

自然の豊かなところで育つ、自然な形のみょうが

 

しかし、残念なことに、自然なために、みょうがが頭を出して、収穫できる時から、みょうがが花を出して収穫しても市場に売れなくなってしまう時までが、たったの2週間しかありません。

 

昔は、家族・地域の人たち総出で、みょうがが出始めたら、朝の暗いうちから夜遅くまで、みょうがを収穫して洗って、出荷するまでを行っていたので良かったのですが、今では、年輩の人たちも卒業していき、若い人たちは勤めに出ている人も多くなったため、この2週間の間に収穫できなくなってしまいました。

 

主をなくして、いまでは放置されて、雑草の中に咲いている みょうが

 

こんな悲しい風景を、なんとかして見なくてすむようにしていきたい。そんな気持ちを共有してもらい、みょうがの収穫から、この地域の活性化までを、一緒にしてもらえる方々を求めています。